それを物語と呼んだなら


 
SUNNY BOY BOOKSでの『フロム・ファースト・センテンス2』は無事終了しました。
毎度のことですが、わざわざ時間を作ってお越しいただいた皆様、
気にしてくださった皆様、どうもありがとうございました。
そして素敵な書き出しと共に本を残してくださった先人達と、
一緒に展示を企画し、選書をしてくれた店主の高橋くんに感謝。
棚からせり上がった本がそのまま絵になったかのようなあの親密な空間は、
SUNNYでなければ決して作れなかったと思う。おかげで楽しかった。ありがとう。
 
 
展示が終わりかけた最終日の夕方、
いつも絵を見に来てくれる写真家のお姉さんとの会話の中で、
「やっぱり僕は物語が好きなんだなぁって、今回の展示でようやくわかった気がします。」
という言葉がぽろっと出た。それは意識せずに出てしまった言葉だった。
それを聞いたお姉さんは「今更!」と大きな声で笑ってくれた。
 
「絵の中に物語を感じる」と以前から言って下さる人が多かったのだけど、
その度に「具体的な物語があるわけではないんですけどね…。」と曖昧に答えていた。
でも、そもそも「具体的な物語」とはいったい何なのだろう。
名前のついた主人公とか、細かく設定された舞台とか、オチのある筋書きとか、
そういう諸々が用意されていたら「具体的な物語」と言えるのだろうか。
本当に?
 
たった数行の、もしくは数語の「書き出し」に漂う予感を頼りに、
なかなか真っ直ぐに進まない絵筆はあっちに行ったりこっちに行ったり。
そんな風に通り過ぎた道の上で起きては消える様々な出来事を、絵描きはアトリエでひとりじっと見続ける。
(今回に限ったことではない。絵を描くとは僕にとって随分前からそういうものだった気がする。)
当然そこには筋なんて無く、主人公はいとも簡単に入れ替わり、舞台は平気で逆さまになったりする。
そうして最後に画面に残されるのは、その中から抜かれたほんの一瞬であり、
同時にひとつの物語そのものでもある。
 
絵、詩、音楽、みな一瞬で永遠だ。
もちろん文学だって、離れて見れば一瞬で永遠だ。
「書き出し」だけをとっても、そこにだって一瞬と永遠がある。
一瞬も永遠も、どちらも「具体的」からほど遠い言葉に見えるけれど、
芸術の具体性はきっとこういうところにこそ求められる。
言葉にできずとも、見て感じることのできる具体性。
一瞬や永遠に触れるから、僕らはこれほどまで夢中になる。
描かれていることが全てで、また全てではない。
そんな矛盾を超える体験にただ焦がれているのだ。
 
この展示を経て、僕の中の「物語」というものの存在感が確かに変わった。
それはもっといたるところにあると気づいたし、
よりささやかなものだとわかった。
言葉ひとつ。形ひとつ。色ひとつ。音ひとつ。
仕草ひとつ。咳ひとつ。傷ひとつ。影ひとつ。
それぞれはただひとつずつあったとしても、
その前後左右には気の遠くなるほどの時間と空間と出来事があり、
同時にそのひとつの中にあらゆる物事が集約されている。
それら全てを「物語」と呼んでみたならば、
絵を描くこととは見えない本を読むようなものなのかもしれない。
 
 

 


 
◉またすぐに新しい展示が始まります。
は8/24(土)より、北鎌倉の喫茶ミンカにて行う作灯家の河合悠さんとの二人展です。
詳細は下記よりご覧ください。
『わたしが巣でねていると』@ 喫茶ミンカ


 
◉ただいま期間限定で『フロム・ファースト・センテンス2』の原画をSUNNYのwebショップにて販売中です。
いずれも本の単行本サイズの小品です。ぜひ覗いて見て下さい。
SUNNY BOY BOOKS STORE
 
◉展示に合わせてSUNNYのwebにて連載したコラムは終了後もご覧いただけます。
「書き出し」を読み解く過程や、企画についての解説などを書いています。
全4回。ぜひご覧ください。
『フロム・ファースト・センテンス 2』
 
フリーペーパー『鷗』2号、各店舗にて配布中です。お手にとっていただけたら嬉しいです。
 
iTohen<昼の学校><夜の学校> デッサン教室
今月8月の開校日はお盆期間を避けて、ちょっと早めに8日(木)が開講日です。、
昼の学校は16:30〜18:00、夜の学校は19:00〜20:30。
初心者のためのクラスですので、どなたでもお気軽にどうぞ。

watercolor


 

 

 

 

 

 

 
今年の夏は7月8月とそれぞれ展示の予定がある。
これらは8月の展示に向けたドローイング。
 


 
『あの日からの或る日の絵とことば』原画展が大阪のblackbird booksにて開催中です。
期間は6/16(日)まで。これが本書の最後の原画展になります。
また最終日の6/16(日)18時より、編集を担当された筒井大介さんと参加作家の植田真さんと一緒に
トークイベントもございます。ご予約はblackbird booksまで。ぜひご参加ください。
 
◉7月のSUNNY BOY BOOKSでの個展に向けて、SUNNYのwebページにて連載が始まりました。
店主の選んだ本の書き出しだけを読んで絵を描く『フロム・ファースト・センテンス』の続編です。
ぜひご一読ください。
『フロム・ファースト・センテンス 2』
 
フリーペーパー『鷗』2号、各店舗にて配布中です。お手にとっていただけたら嬉しいです。


 

 


 
『あの日からの或る日の絵とことば』原画展が大阪のblackbird booksにて開催中です。
期間は6/16(日)まで。これが本書の最後の原画展になります。
また最終日の6/16(日)18時より、編集を担当された筒井大介さんと参加作家の植田真さんと一緒に
トークイベントもございます。ご予約はblackbird booksまで。ぜひご参加ください。
 
◉7月のSUNNY BOY BOOKSでの個展に向けて、SUNNYのwebページにて連載が始まりました。
店主の選んだ本の書き出しだけを読んで絵を描く『フロム・ファースト・センテンス』の続編です。
ぜひご一読ください。
『フロム・ファースト・センテンス 2』
 
フリーペーパー『鷗』2号、各店舗にて配布中です。お手にとっていただけたら嬉しいです。

透明水彩


 

 
普段買わない種類の絵の具を買いました。
透明水彩、楽しいです。
 


 
『あの日からの或る日の絵とことば』原画展が大阪のblackbird booksにて開催中です。
期間は6/16(日)まで。これが本書の最後の原画展になります。
また最終日の6/16(日)18時より、編集を担当された筒井大介さんと参加作家の植田真さんと一緒に
トークイベントもございます。ご予約はblackbird booksまで。ぜひご参加ください。
 
フリーペーパー『鷗』2号、各店舗にて配布中です。お手にとっていただけたら嬉しいです。

わかるようでわからない


 
金沢にある「鈴木大拙館」は仏教哲学者鈴木大拙(だいせつ)の記念館で、
僕にとっては金沢を訪れるたびに立ち寄るお気に入りの場所だ。
禅についての著作で知られる賢人の思想を体現したという建物は、
こぢんまりとしつつもどこか奥行きを感じ、
緊張と心地よさが見事に溶け合っている稀有な空間である。
館内は3つの部屋と3つの庭で構成されており、
そのうちの1つである学習空間という展示室は図書室のような役割を持った場所なのだが、
只今その学習空間にて5月19日から6月16日の期間、
「本の展示会-思索の扉」という企画が開催中だ。
今年度は「旅」というテーマから近現代の数々の名著が紹介されているのだが、
なんとその中の1冊として自著の絵本『みち』(リトルモア刊)を展示して頂いている。
ざっと紹介されている本の例を挙げれば、
星野道夫『旅する木』、ゲバラ『モーターサイクルダイアリーズ』などまさしく旅を思わすものから、
ソロー『歩く』、ユクスキュル『生物から見た世界』などの外界への観察から思索を促す本、
『銀河鉄道の夜』や『ガリバー旅行記』などのイマジネーションを旅する古典、
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』左右社『〆切本』など思考の逃避を旅として捉えた現代の作品まで、
そのリストを眺めているだけでなかなかワクワクしてくる。
自分の好きな場所に置いてもらえた喜びに加え、
こうした人間の本質を探求するような本たちと並べて頂けたことが大変誇らしい。
改めて、届く場所にはちゃんと届いているのだなぁと感じた出来事だった。
 
初めて大拙館を訪れたのは確か3年ほど前、
オヨヨ書林せせらぎ通り店でKiteの展示があった際、
店主の奈津さんに勧められたのがきっかけだったと思う。
そのときは大拙の名前も知らずに見に行ったのだけど、
展示物ひとつひとつを鑑賞するというより、
空間(まさに空気と間)でその思想を伝えようとする見せ方に感嘆し、
それからオヨヨに帰って大拙の本を1冊見つけて購入した。
そのとき買った古本はかなりの年季もので、
カバーはなく、中には落書きのようなものが残っていた。
色鉛筆かと思われるが、朱と緑の2色で、
かなりの筆圧で何度も線を重ねるようにグリグリと引かれているのを見て、
僕はてっきり「子供の仕業だろう」と思った。
別に文句を言うわけでもなく(僕は元々古本の書き込みに喜ぶタイプだ)、
素敵な落書きがあったと奈津さんに見せると、「これはきっと落書きじゃないですね。」と。
確かによく見ると、一応本文に沿って線を引いたり囲ったりしているふうに見えなくもない。
「思想系の本は、ときどきこういうエキセントリックな書き込みがあるんですよ。」とのこと。
こんなに強く印をつけるなんて、それだけこの本に没頭していたということなのだろうか。
まるで前所有者の思考の火花を見たような気がした。
 
このとき買った『禅とは何か -鈴木大拙禅選集 新装版8』は、
実は最近になってようやく読み終わりそうなところまで来て、未だ読了していない。
何度か途中まで読み進めてはふと止まってしまい、また最初から読み直すという繰り返し。
部分的に難解なところはあれど、講義録なので内容の割には読み口はやわらかい。
実際、大拙の本は読み易いことで知られているそうだ。
ただその読み易さとは、どうやら単純に「易しい」というわけではないと、
繰り返し読むうちに感じるようになる。
大拙の言葉は、読んでいる最中は “すっ”と理解した気になるのだが、
少し本から離れた途端に “ はっ”と解らなくなってしまう。
雲に直接触れないような不思議さとでも言おうか。
「わかるようでわからない」のだ。
 
大拙と同郷で、同じく哲学者で禅についての著作がある西田幾多郎という人がいる。
前回の在廊中に、奈津さんと大拙の「わかるようでわからない」印象について話していたところ、
以前お店に西田幾多郎ファンの方がいらっしゃり、
大拙のその「わかり易さ」を強く批判していたというエピソードを教えてくれた。
大拙とは対照的に西田幾多郎の本はとても難解だそうで、
そのお客さん曰く、やはり読んでいてもわからないのだそう。
ただ、禅というものはそんなに簡単に理解できるようなものではないのだから、
逆にそんな安易にわかってはいけないのだとおっしゃっていたそうだ。
この話を聞いて思うのは、
「わかるようでわからない」と「わからなくてわからない」では、
結局どっちも「わからない」のだな…ということだ。
もうこれ自体が禅問等のようで面白いのだが、
きっとこの「わからなさ」に向かって右往左往している様々な“過程”が、
これまでの哲学や宗教のバリエーションを生んできたのだろうなぁと、
何だか理屈でなく、しみじみと理解できた瞬間だった。
 
一つの思想を追求したり、一つの宗教を盲信するよりも、
少し引いた視点から色々な人々の色々な道筋を追っては比べていくほうが、
人間や世界というものはより捉えやすくなるのではなかろうか。
今僕はそこに哲学や宗教の面白さを感じ始めている。
前に、様々な宗教の神様が一緒に温泉に入ってくつろいでいる絵を見たことがあるけれど、
あんな風に、無防備な姿でただ隣り合えたらそれだけで良いのになぁと思う。
それにはまず「わからない」ことをお互いに引き受け合うことだろう。
やがてそれは「わからないけどわかる」にひっくり返ることだってある。
僕はそれを絵の中で学び続けているのだと思う。
 
 

 
 


 
『あの日からの或る日の絵とことば』原画展が大阪のblackbird booksにて始まりました。
期間は6/16(日)まで。これが本書の最後の原画展になります。
また最終日の6/16(日)18時より、編集を担当された筒井大介さんと参加作家の植田真さんと一緒に
トークイベントもございます。ご予約はblackbird booksまで。ぜひご参加ください。
 
フリーペーパー『鷗』2号、各店舗にて配布中です。お手にとっていただけたら嬉しいです。
 
『はじまりが見える世界の神話』
共著者の植朗子先生との対談記事が公開中です。
昨年の原画展の際に開催されたトークイベントを文字起こししていただきました。
神話とイメージのお話です。ご一読頂けたら。
第一弾 ポポタムの回
第二弾 梅田ジュンク堂の回
 
◉ 4/1発売の雑誌『pen』の絵本特集に載せていただきました。
4Pとたっぷりご紹介いただいています。iTohenやnakabanさんの記事も。
ぜひ書店にてお買い求め下さい。
 
iTohen<昼の学校><夜の学校> デッサン教室
来月6月の開校日は13日木曜日です。来月より時間が変更になり、
昼の学校は16:30〜18:00、夜の学校は19:00〜20:30と、
それぞれ30分遅くなります。お間違えのないようご注意ください。
初心者のためのクラスです。どなたでもお気軽にどうぞ。

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