夢について


 
展示も出版も小休止の中、
まだ形にならない有象無象を頭の中でこねているこんな時期は、
無駄に体が元気なせいか、おかしな夢をたくさん見る。
これが美しいものであれば救いがあるけれど、
僕の見る夢は昔から決まって俗っぽくて、
余程のことがないと絵のネタにはならない。
 
最近妙に多いのが、
ほとんど準備や練習をしていない状態で、
何かの本番の舞台に上がらなければいけない、という夢。
ラッパーだったり、バンドだったり(ベース)、
昨日の夢ではボクシングだった。
ボクシングなんて2秒でノックアウトだろうに、
夢の中の僕は怖がりながらも妙にワクワクして、
シャドーをしたり、試合の運びをイメージしたりして始まるのを待っている。
会場は屋外で、秋晴れのようなさわやかな天気。
家族連れもたくさん見に来ていて、どこか長閑な空気だ。
ショーというよりは競技会のような雰囲気。
名前が呼ばれてリングに上がると、
何故か観覧ゲストで呼ばれたという坂本龍一がいて、
咄嗟に「ファンです」と言いながら握手してもらう。(本当は細野ファン)
いよいよゴングがなって、相手が飛び込んでくる。
僕もがむしゃらにパンチを繰り出す。
そこで夢は終わる。
 
どの夢も共通して、
焦りや緊張と同じくらい、何かを期待しているような気持ちがある。
そして本番のシーンは皆はっきり思い出せない。
舞台に上がる前の数分、数時間だけが残っている。
 
さあ、この夢たちが示唆するものは何でしょう。
 
そんなことをひとり考えていたら、
学生の頃に好きだった、
吉本ばななの「夢について」という本のことを思い出した。
遠くへ旅するときはいつも持って行くお気に入りの1冊で、
僕はこれで原マスミ氏の絵のファンになった。
氏の絵が物語っているように、朗らかだけど切実なエッセイだ。
この文庫が鞄に入っているだけで、僕はどこか特別な気分になれた。
夢についてだから、史実や物語より少し浮力があって旅にはちょうど良かったのだろう。
まさにお守りのような本だった。
 
実のところ、舞台にあがろうという気持ちは、ある。
来年は少しケガするぐらいの何かがしたいと思っている。
(肉体的な激しさという意味ではなく、恥を捨てて取り組むという意味で)
手の内におさまらないことをやらないといかんなぁと。
うまくいくかどうかは夢にも書いてないけれど、
成功の当てが見えない中でこそ事を始めたい。
 
唯一、最近の夢で見て良いアイディアだなぁと覚えているもの。
バンドの夢を見たとき、他のメンバーと一緒にバンド名を考えていて、
長考の末、決まった名前は「てんぷら」。
残念ながら「てんぷら」も演奏シーンは見ることができず、
彼らがどんなサウンドを生み出すかはわからず終いだ。
この夢に限ってはいつか続きが見たいと思っている。
 


 
◉11月の iTohen<昼の学校><夜の学校>開校日は、今週15日木曜日です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎です。
ぜひお気軽にご参加ください。

山の音


 
先日、Su-の角谷さんに誘ってもらい芦屋の山に登ったときのこと。
1時間と少し登った見晴らしの良い大きな岩の上で一緒にコーヒーを飲んでいると、
山の下から「ゴー」という音が聞こえてくるのに気づいた。
最初は飛行機かと思ったが、
その音は一度気づいたら途切れることなくずっと鳴っている。
「街の音ですね。あの音の中で僕らは暮らしているんですよね。」
言われてはっとする。
色んな音が混じり合った音はなんだか重たい音だった。
昔はきっとこんな音はしなかったのだろう。
 
こうして見えないところで僕らの感覚は少しずつ緩慢になる。
僕は絵を描くことでそれを少しでも取り戻したいと思うけど、
そのためには街から離れる時間があまりにも少な過ぎるのかもしれない。
 
冬に雪が降るときは山全体が音を鳴らすらしい。
木や葉に雪があたる音だという。
そんなときはとても静かで、その音しかしないそうだ。
 
山から帰ったその足で、
野を歩けるような底の厚い靴を買った。
 


 
◉11月の iTohen<昼の学校><夜の学校>開校日は、15日木曜日です。
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壁画


 

 

 
先週は東京の友人宅に滞在しながら、階段の壁に絵を描かせてもらった。
今年5月に開催した『プライベート・レジデンス』※を鑑賞いただいたのをきっかけに、
ありがたくも自邸の壁画制作を依頼されたのだ。
※(取り壊しが決まったマンションの一室に壁画を描いたプロジェクト。
当プロジェクトをまとめた写真集『さくらぎマンション3B』発売中。)
 
「空」と「風」を名前に持つ1歳と3歳のご子息をテーマに、
自由に描かせていただいた。
5泊6日に及んだ制作の合間には、みんなで朝ごはんを食べたり、
子供たちと恐竜ごっこをしたり、近所の温泉に行ったりと、
まるでホームステイをしているような不思議な時間だった。
リビングから漏れ聞こえる泣き声と笑い声。
家の所々に飾られた家族写真。
旅行先で買ったと思われる南の島が描かれた絵画。
鳥の剥製。
家族が寝入った後に漂う静寂。
みんな筆にのった。
 
この絵の袂で大きくなるちびっこ恐竜たちの幸せを想った。
 


 
◉壁画のご依頼、引き続き承ります。
ご興味ある方、まずはmail@kaita-abe.comまでお気軽にお問い合わせ下さい。

◉今週18日木曜日は月に一度の iTohen<昼の学校><夜の学校>開校日です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎です。
こちらもぜひお気軽に。

イラストレーションとドキュメンタリー


 
だいぶ遅くなってしまった仕事のご報告。
 
今週水曜日のイベントでした。
『はじまりが見える世界の神話』でお世話になった
京都府立大学の横道先生に再びお声がけいただき、
ドイツからいらっしゃる神話学者の方の講演会のチラシに絵を描きました。
(関係者の皆様、告知に間に合わず申し訳ありません。)
文様めいたかっこいいデザインは、前回に引き続きSu-の角谷さん。
僕は仕事の都合で参加できませんでしたが、
タイトルからして、きっと濃厚な講演になったことでしょう。
 
本の刊行を経てからも、こうして神話と関わり続けることができてとても嬉しいし、
形のない(または形の定まらない)イメージにこうして絵をあてる仕事は、
自家発電の絵とはまた別の冥利につきる。
「やっぱり絵は必要とされているんだ」と感じるし、
人に頼まれているのをいいことに「これがぼくの仕事だ」と胸を張ってみたり。
 
そんな気持ちが芽生える時もあれば、
一方で常にどこかに抱えているのが、
一枚の絵がいったい何を変えることができるというのか、
という無力感だ。
 
先日「愛と法」という映画を見た。
iTohenの個展期間中に、たまたまこの映画の監督さんがいらっしゃって、
これも縁かと思ってその場で前売りを買っていた。
素晴らしい映画だった。
映画の中の人たちと映画を撮った人たち。
両者の視線が合わさった先に写るのは、
滑稽なまでに歪んだ社会と、それに抗う優しい人たちだ。
傷ついた者に寄り添うことを生業とし、
「おかしな世の中だよ」と嘆きながらも、
自分たちの穏やかな暮らしを慈しもうと努力する二人の姿は何より胸を打つ。
知っているつもりの問題も、
当事者の肉声が訴えるそれはまるで別次元の問題で、
“知る”ということはそんなに簡単なことではないと改めて思う。
 
みんなが幸せに暮らす権利がある。
その権利を知らぬ顔で犯そうとする社会と、どう向き合うか。
 
相変わらず真面目な話ばかりここでは書いているけれど、
映画という一つの芸術表現を使って、
ここまで真っ直ぐに捉えようとする監督の視座に感嘆を覚えたし、
またこういう表現に出くわす度に、
自分が描く絵というものの存在がどういうものなのかが
どうも解らなくなってしまい、
その混乱故にとにかく書かずにおれない。
 
ここ数年、ドキュメンタリーという表現から目が離せない。
 


 
iTohen<昼の学校><夜の学校>10月の開校日は18日(木)です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎です。
ぜひお気軽にご参加ください。

彼女の畑


 
高知県は四万十町に友人を訪ねて来た。
 
神戸から高速バスに乗り、途中急行電車に乗り換え、
最後はローカル線に乗って四万十川と並走する。
1両編成の可愛らしい電車が細かく蛇行する川の上を跨ぐように進む。
計7時間程かかって着いたのは最寄りの無人駅。
 
友人の家は集落からすこし離れた山の上にあった。
神戸からこの地に移住し、古い家屋を自らの手で直しながら、
畑仕事や針仕事をしてひとり静かに暮らしている。
 
こじんまりとした、
でも一人で管理するにはなかなかの広さの畑。
真っすぐに走るような畝は見当たらず、
彼女の人柄を示すようなクネクネと交差する道と、
それらが囲む丸い形の耕地が印象的だった。
耕地はいくつかに別れているものの、
一つの作物が並ぶその間から別の作物の芽が出たりしている。
「畑の形は本当に人それぞれやね。きっと絵と一緒だよ。」
隣同士に並ぶ植物にも相性があるそうで、
そういうことを色々と実験しながら理解していくことがとにかく楽しい、
と嬉しそうに話す。
 
“ていねいな暮らし”というフレーズは、
散々撫でまわされた結果、
今では響きを失ったように思えてしょうがないけれど、
実際に営まれている現場を目の当たりにすると、
その静謐な美しさに僕は素直に圧倒される。
 
「私のやっていることは“これ”ですって、
なかなか人にうまく説明できないんだよね。」
と苦笑いする彼女。
言葉で区切ることができないのは、
それだけ彼女の振舞いが自然だからだ。
別々の作物が隣り合って育つ自由な畑は、
まるで鏡のように彼女自身を映している。
 
食べて寝て生きていくことと、仕事をすること。
全てはこの切れ目のない日常に包まれて、溶け合いながら過ぎて行く。
「ここの町の人達はみんな、川みたいにいつも流れてる感じ。」
故郷と心。それぞれに清らかな水流を湛える人たちのこと、
その一員となった彼女のことを、少し羨ましく思った。
 


 
iTohen<昼の学校><夜の学校>来月10月の開校日は18日(木)です。
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