兄からのハガキ


 
今朝ポストを覗くと兄からハガキが届いていた。
送り元はキューバで、日付は9/26とあった。
 
僕の双子の片割れである兄は咋夏より海外を放浪中である。
長く務めたデザイン事務所を卒業した彼は、
フリーランスになる前にしばらく海外に行ってくると旅立っていった。
激務の10年を経験した後でこれから一人で仕事をする前に、
一度立ち止まって何かを見たり考えたりしたかったのだろう。
もともとは以前に訪れて気に入っていたポルトガルに長期滞在を考えていたらしいが、
東京でポルトガル語を教えてくれたブラジル人の先生の影響もあり、
目的地はブラジルに変更された。ただすぐに現地入りはせず、
僕や二つ下の弟もお世話になったメキシコに住む叔母の家に居候したり、
近辺の色々な国や地域を回りながらブラジルを目指したようだ。
このキューバからのハガキはそんな道中に綴られ、
船便で3ヶ月かかって今朝ようやく神戸まで届いたのだ。
 
このハガキが投函されてすぐ後に彼はブラジルに到着したようだ。
彼の道行きの様子はこのwebサイトで断片的にではあるが追うことができる。

KOTA ABE | DESIGN AND ANTHROPOLOGY

ブラジルに着いてからの写真は妙に空が曇っているが(雨期か、それともスモッグか)、
そんなグレイッシュな写真からも彼の旅への興奮がこぼれているように見える。
LOGの合間に所々書かれたArticleでは、旅先で出会った人々との交流の様子が書かれている。
実は彼は大学時代にも留学を経験しているのだが、その四年間を上手に過ごせなかった後悔が
今回の旅へと駆り立てたひとつの動機になっていると、いつか話してくれた。
これらの記事を読むと、今の彼の視座は学生時代のものとは違い、
デザイナーとして社会を通ってきた彼にしか持ち得ないものであるということは明らかで、
やはり旅はいつでもそのときだけの景色を見せてくれるものなのだなぁと、
改めてその素晴らしさについて思いを馳せたくなる。
 
彼は来年の春に帰国する予定だという。
帰って来た彼が何を語り、何を始めるのか今からとても楽しみだが、
まずは無事に帰って来ることをただ祈る。
 
Se cuida.
Aproveite o seu reveillon.

 


 
iTohen<昼の学校><夜の学校>新年最初の開校日は1月17日(木)です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

荒のこと


 
2019年最初の仕事のお知らせです。
友人でダンサーの荒悠平くんと、
彫刻家の大石麻央さんのダンスと彫刻による舞台『400才』の美術に参加します。
昨年北極海で発見されたという400才のサメをモチーフに、
大石さん制作のマスクを被った荒氏はどんなダンスを見せるのか。
僕はセットに絵で参加します。
以前から舞台美術に興味があったので、ちょっとでも関われて嬉しい。
総合芸術的マジカルが起こること必至のこの舞台。
新宿眼科画廊地下にて、1月25日(金)〜29日(火)まで連日開催です。
 
舞台の詳細は特設サイト(荒悠平と大石麻央)やtwitter(@ara_oishi)をご覧いただくことにして、
ここでは今企画に誘ってくれた彼との思い出について少し書く。
 
 
荒は高校の同級生で、1年生のときに席が後ろ前だった頃からの付き合いだ。
僕らの通っていた高校は埼玉でもちょっとした歴史のある男子校で、
その歴史の中で育まれたであろう妙な慣例や行事の多い学校だった。
そのうちのひとつに、1年生のみが6月頃に行う遠泳大会があった。
全9クラスがそれぞれバスに乗って新潟まで向かい、
まだ夏前の冷たい海に入って、波に逆らいながら沖に向かって泳ぐのだ。
この行事は学校の通過儀礼と言われていて、
これを経て初めて本校の生徒と認められるという話だった。
なんとも前時代的ではあるが、(昔はふんどしで泳いだらしい)
こういったイニシエーションを通ることで、あの男子校特有のおかしなノリが生まれていくのである。
そんな不条理な2泊3日も、全て終われば皆それなりに晴れ晴れしい気持ちになり、
帰りのバスの車内には行きにはなかったクラスの一体感が漂うのだ。
盛り上がりを見せる車中、始まったのは男だけのカラオケ大会だった。
挙手した者からマイクを持って定番の歌や流行歌を歌う。
何人かが歌った後、僕の後ろの席に座っていた荒がマイクを握った。
何を歌うのだろう?おどけて人を笑わすようなことはするけれど、
率先して盛り上げ役を買ってでるような奴ではないことは、
これまでの数ヶ月で何となくわかっていた。
 
「この歌好きなんだよね。」
彼が少し照れながらごにょごにょと話す中、
流れてきた前奏はそのバスの空気にはまるで似つかわしくない、暗く重いものだった。

都会では…自殺する…若者が…増えている…

荒が選んだ曲は、井上陽水の『傘がない』だった。
確か僕がこの曲を聴いたのはこのときが初めてだったと思う。
バスの空気は一変し、皆居心地の悪そうな笑顔を浮かべながら聴いていたが、
当の本人はそのざわつきを特に気にするでもなく気持ちよさそうに歌っていた。
僕はただ「変わった奴だなぁ」と思ったのを覚えているが、
自分の好きなものを本当に嬉しそうに人に教えたりするところは、
この頃からひとつも変わっていないな、と今振り返って思う。
 
学年が上がって僕とクラスの離れた彼は、今度は僕の双子の兄と同じクラスになり、
それからは兄のほうが彼とは親しかった。(そんな兄は今企画の宣伝美術を担当している)
それでもお互い美大に進学し、僕の映像作品に出てもらったり、
一緒にスタジオに入ってバンドの真似事をしたり、
今では東京で展示があれば2回に1回は見に来てくれるし、
僕の方も数回ではあるが彼の踊るのを見に行ったりもして、
年に一、二度会う程の関係は今も続いている。
表現者の同志とはちょっとした会話でも楽しいものだが、
今回のように絵描きとして彼の作品に関わるのは全く初めてのことで、身が引き締まる思いだ。
それでもあれから17年の時を超えて、彼の「これ好きなんだよね」に
自分の絵が曲がりなりにも含まれていることが何より嬉しい。
あの日のように、また彼に驚かされることになるのかどうか。
とっておきの絵を手渡した後で、しかとこの目で見届けたい。
 


 
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ぜひお気軽にご参加ください。

民映研を見て考えたこと


 
旧グッゲンハイム邸で2,3ヶ月に一度開催されている「民映研」の上映会を見た。
「民映研」とは民族文化映像研究所の略称で、
日本列島の庶民の生活や生活文化を記録することを目的に、
70年代よりドキュメンタリー映画の制作を行ってきた研究機関のこと。
会ではその膨大なアーカイブの中から毎度数本をテーマごとに上映していて、
僕は毎回開催を楽しみにしている。
 
この日のテーマは「和紙」。福井の越前和紙についてのフィルムと、
もうひとつは僕が育った埼玉の小川町で作られている小川和紙についてのフィルムの2本立てだった。
どちらも伝統的な手漉き和紙制作の裏側を伝えるもので、紙の原料になる植物の栽培から始まり、
そこから紙漉きに至るまでの途方もない工程を皆ため息交じりに鑑賞した。
想像を超える手間と、経験からしか持ち得ない技術の数々。
そしてどの工程ひとつとっても水や植物に対する造詣の深さには本当に驚かされる。
小川和紙のフィルムは92年制作で、ちょうど僕が引っ越してきた頃の映像だった。
僕ら家族が越したのは山の上のニュータウンで、山の下の古い町とはほとんど関わりもなく、
結局このような営みが近くであったことを知らないまま町を出てしまった。
僕が見落とした故郷は、少し色褪せたフィルムの中で今尚美しい姿を留めていた。
 
紙漉きには道具が不可欠で、その道具作りも今は継承する職人さんが不足しているそうだ。
極細の竹を編み上げて作る簀(す)という道具の制作風景を見ると、
もうそれだけで一級の工芸作品と言っても過言ではない程、極度に繊細な仕事が要求されるのがわかる。
聞くとその素材の竹自体も、何月にどこどこで採れる竹でないといけないとか。
斜に見ればあまりに執拗なこだわりに映るかもしれない。
しかしこれらはこだわりなんて偏執的なものではなく、
自然の理というものを一番上に据えて、その呼吸に添うように作った結果、
導き出された解なのだと思う。
 
これほど自然と調和した物作りを目の当たりにして、
画材屋で買った絵の具とパネルを使い、やれプリミティブだ、やれ神話だ、
とのたまう自分を恥ずかしく思った。なんて軽いんだ。
ただしかし、道具は使う人がいなければ廃れてしまうし、
その道具で漉かれた和紙だって誰かに活かされなければ続いてゆくことはない。
それを思えば、今の僕の場所でやるべきことはまた別にあるのかもしれない。
原料を育てる人がいて、道具を作る人がいて、制作する人がいて、活用する人がいる。
物作りには皆それぞれの役割があるのかもしれない。
帰り道、自分の役割についてもんもんと考え続けたが、
何かが欠けているような気ばかりして、一向に答えは出なかった。
 
その後、数日経っても頭は晴れる気配を見せなかった。
そんなある雨上りの午後、暖かい風に誘われてふと近所の山に初めて登ってみた。
山の静けさにチャンネルを合わせるようにゆっくりと歩く。
木の肌の模様。落ち葉の色と形。枝の交差が生む景色。
そのひとつひとつを丁寧に眺めていると、少しずつ気持ちも落ち着いてくる。
ときどき木々の隙間から海が覗ける。山から見る海はいつもと比べてより神秘的に見える。
家の近くにこんな自然に浸れる場所があることを知り、
机にかじりついてた日々を後悔しながらも嬉しく思った。
何か思考の糸口が見えそうな気がしてきた頃、「ゴー」という低い響と共に拓けた場所に出た。
そこで目にしたものは大きな噴水だった。
無人の公園で、噴水は轟音を鳴らしながら勢いよく空めがけて吹き上がり、
頂点に達した雫は風に流され展望台のデッキを濡らしていた。
展望台からは町や海、明石大橋や淡路島が一望できる。
別の日に訪れたらさぞかし気持ちよかったのだろう。
でもその日の僕にとって、噴水も絶景も、どちらもただ煩わしいものでしかなかった。
せっかく合いかけていたチャンネルは急な騒音によって混線してしまい、
呆然とひとり水の飛沫を見上げていた。妙に悲しかった。
無垢な自然の中に身を置くことはそんなに簡単なことではないんだよ。
陽が落ちかけた空に上がる噴水は、そう僕に示さんとしているようだった。
 


 
◉本日12月13日(木)は iTohen<昼の学校><夜の学校>の開校日です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎です。
ぜひお気軽にご参加ください。

アトリエ


 
 
アトリエ
 
部屋のすみ
転がる絵に
注ぐ西日の
一閃

我が絵とは思えぬ
色彩
ひらく
 
 
 

夢について


 
展示も出版も小休止の中、
まだ形にならない有象無象を頭の中でこねているこんな時期は、
無駄に体が元気なせいか、おかしな夢をたくさん見る。
これが美しいものであれば救いがあるけれど、
僕の見る夢は昔から決まって俗っぽくて、
余程のことがないと絵のネタにはならない。
 
最近妙に多いのが、
ほとんど準備や練習をしていない状態で、
何かの本番の舞台に上がらなければいけない、という夢。
ラッパーだったり、バンドだったり(ベース)、
昨日の夢ではボクシングだった。
ボクシングなんて2秒でノックアウトだろうに、
夢の中の僕は怖がりながらも妙にワクワクして、
シャドーをしたり、試合の運びをイメージしたりして始まるのを待っている。
会場は屋外で、秋晴れのようなさわやかな天気。
家族連れもたくさん見に来ていて、どこか長閑な空気だ。
ショーというよりは競技会のような雰囲気。
名前が呼ばれてリングに上がると、
何故か観覧ゲストで呼ばれたという坂本龍一がいて、
咄嗟に「ファンです」と言いながら握手してもらう。(本当は細野ファン)
いよいよゴングがなって、相手が飛び込んでくる。
僕もがむしゃらにパンチを繰り出す。
そこで夢は終わる。
 
どの夢も共通して、
焦りや緊張と同じくらい、何かを期待しているような気持ちがある。
そして本番のシーンは皆はっきり思い出せない。
舞台に上がる前の数分、数時間だけが残っている。
 
さあ、この夢たちが示唆するものは何でしょう。
 
そんなことをひとり考えていたら、
学生の頃に好きだった、
吉本ばななの「夢について」という本のことを思い出した。
遠くへ旅するときはいつも持って行くお気に入りの1冊で、
僕はこれで原マスミ氏の絵のファンになった。
氏の絵が物語っているように、朗らかだけど切実なエッセイだ。
この文庫が鞄に入っているだけで、僕はどこか特別な気分になれた。
夢についてだから、史実や物語より少し浮力があって旅にはちょうど良かったのだろう。
まさにお守りのような本だった。
 
実のところ、舞台にあがろうという気持ちは、ある。
来年は少しケガするぐらいの何かがしたいと思っている。
(肉体的な激しさという意味ではなく、恥を捨てて取り組むという意味で)
手の内におさまらないことをやらないといかんなぁと。
うまくいくかどうかは夢にも書いてないけれど、
成功の当てが見えない中でこそ事を始めたい。
 
唯一、最近の夢で見て良いアイディアだなぁと覚えているもの。
バンドの夢を見たとき、他のメンバーと一緒にバンド名を考えていて、
長考の末、決まった名前は「てんぷら」。
残念ながら「てんぷら」も演奏シーンは見ることができず、
彼らがどんなサウンドを生み出すかはわからず終いだ。
この夢に限ってはいつか続きが見たいと思っている。
 


 
◉11月の iTohen<昼の学校><夜の学校>開校日は、今週15日木曜日です。
<昼の学校>絵本創作教室、<夜の学校>デッサン教室、どちらも初心者大歓迎です。
ぜひお気軽にご参加ください。

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